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-福田蘭奈-

福田蘭奈

僕が彼女を初めて見たのは、去年の6月22日新富町のとある会議室──────





◾︎◾︎会議室◾︎◾︎

これは僕が、梅田悟事件によってAKBの接触に行かなくなった後、雑魚いスマイレージのオタクとしてダラダラと現場に通っていた時代の話である。

あの日は確かさんみゅ〜の現場に久しぶりに行った(最上階で騒ぎまくっていたオタクのことしか記臆に残っていない)後に、今は亡き新富町の会議室へ現場を回した(オタク)

そこで、PIP(Platonics Idol Platform)というアケカス社会学者として多方面のオタクから叩かれていた(僕のTwitter世界では完全にそう見えた)濱野智史という社会学者がプロデュースしたアイドルを見に行った。もちろん軍団長の誘いである。

この頃から疑問だったが、某HKT最強の軍団長はなぜわけのわからない現場を見つけてくるのが得意なのだろうか?未だに解決出来ていない疑問だ。


いきなり話が逸れたし先行き不安だが、この現場の第一印象は、アケカス三日目みたいなおっさんがひたすら手拍子している、小学校のお遊戯会を親が見ているみたいな印象だった。
何も考えずただ暴れに来た僕たちは完全に浮いていた。

デカイ声出して良いとのことだったので後ろで最近仕入れた新しいコールや床を殴ったりサークルの中にオタクを投げ込んでMIX打ちながら殴るなどして楽しんだ。
会議室初日はそんな感じでそこまで面白くなかった。福田蘭奈さんというメンバーがいたことも特に記臆には残っていない。


別に楽しくなかったんだけど他にやることもなく当時は仲の良いオタクの集合率が凄まじく高かったので、「オタク20代たまり場」って感じで…次の週も会議室に行った。

6月29日、僕は彼女の物販に行き初めて会話をした。


当時の物販システムは
・5cm×5cmくらいの付箋に似顔絵を描いてもらう間に喋れる
・2ショットチェキ

みたいな感じだった。
オタクが少なかったからか、所謂お絵描き会はよく無料タイムみたいな時間が発生した。

一切お金を払う気がなかった僕だが、この無料お絵描き会で福田さんのところに行った。
きっかけは、「誰も並んでなくて暇そうにしてた子が左利きだったのに気づいたから」である。

akbとかハロプロだと、テレビや雑誌で見て可愛いと思って、CD予約してワクワクしながら初めて会う日を待ったりするのかもしれない。しかしそうではない地下アイドルとも言えないようなグループの中で、僕は「いつものところに遊びに行ったら暇そうな女の子がいたので話しかけた」だけだった。
怒られるかもしれないけど、「可愛い子がいる!めたん顔だ!」とかそういうのでは全くなかった(ごめんね)。


初対面の頃の印象を卒業時に聞いてみたら、「隣にゆうたがいてかももと喋ってた」とかいうことまで覚えていて、この子すごいなと最後まで感心させられた。僕の印象を聞いたはずだったんだけどね。


左利きだから行ったって話を本人に言うとまぁまぁ何言ってんだこいつみたいな反応をされるけど、共通点というのは初めて話す人との話のきっかけとしてはまぁまぁ重要かなと思う。それがどんな些細なことであっても。

基本的にオタクはアイドルの話で盛り上がることくらいしか出来ない(アイドルオタクの集まりなんだからそれはそう)ので、たまに違う共通点で話が合うとその人との距離がグッと近づいた気がするものだ。

そんなひょんなきっかけから卒業までひたすら一人を追い続けた。




初めて物販でお金を使ったのはその次の月のアイドル横丁夏祭り。

PIPにとっては初の対バンだったのかな。
結成3ヶ月でアイドル横丁で複数ステージライブ出来るってどこかの妹分アイドルでもないのに結構すごい。

この頃は、池袋の東武屋上とか、渋谷のタワレコとか、ららぽーと豊洲とかでリリイベやってるアイドルを毎週適当に見つけて遊んでたからそういうアイドルが集うデカめの対バンに出るのは、嬉しかったかなと思う。僕はデカい対バンは行けばまぁまぁ楽しめるけど、行く理由になるアイドルがいないとチケットを買うまでにいかないことが多いし、その理由にPIPですらなってしまうのがオタクだなぁと思う。オタクは何かにつけて理由をつけがち。ライブは全部最前で見たので単純に楽しかった。

PIPはプロデューサーの趣味で「僕の太陽公演」の曲をかなりカバーしていたこともあって、チーム4のオタクだった僕にとっても最高だった。runrunrunの倍速ガチ恋口とか。

オリジナル曲が出始めてもちゃんと新しいコール生まれたりしてた。基本的に外で使われてたクリエイティブなコールを輸入して丸パクリしてただけだけど。

言いたい事があるんだよ なになにー





◾︎◾︎かんなの全部が好きだ◾︎◾︎

僕が福田蘭奈を好きでいた証のような言葉である。

この言葉、当時は特に何も考えずにコメントしたのに、今となってはとても重みのある言葉になってしまった。
僕のこの数年で蓄えたオタク力がこの一言に凝縮されているような感じ(伝わらない)

初めてコールしたのは進級王だったな。
アイストのオタクに出会ってから、曲に合ったリズムの良いコールしなければいけないみたいな、ハロ現場でよくある既成概念みたいのを完全に崩されていたから、好きな時に好きなコールをし、デカイ声のやつが1番偉いというスタンスで声を出していた。

ただこのコール論なのだが、僕はオタクを身につけた現場がハロなので歌ってる人の迷惑になるやり方は良くないと思っていた。
一度ソロパートのコールうるさくて音が取りづらくて歌えないからもっと声量を下げてみたいに言われたことがあり、口を手で覆ってコールしたら笑わせてしまったことがあった。オタクは不器用である。


今思えば、最初からそんなオタクがたくさん暴れまわってる現場でアイドルを続けた女の子たち、これが普通なのかな?ちゃんと歌聞いてもらえるように頑張らなきゃとか思っていたとしたら本当に純粋で良い子たちだ。



◾︎◾︎地獄現場◾︎◾︎

一生懸命やってるメンバーに対してこんな現場の呼び方はないだろうという話でもあるけれど、秋葉原の対バン出まくってた時代は、地獄だった。生産性の無さがキツかった。
今思い出しても会議室時代の記憶は結構鮮明なのに、秋葉原対バン地獄時代の記憶がほぼないのいかに密度の濃い時間の過ごし方をするかが大事かわかる。この時代にたくさんメンバーが減ったな。

でも蘭奈は意外にtwinboxが好きだったりもしてみなくるに会ったりして頑張ってた。

表には出さないけどとても頑張り屋だったかんなさんは、本当に表に出さないので頑張ってるはずなんだけど本当に頑張ってるのかわからないところが良くあり、よく病んだ。
ただ僕も表に出すのが得意ではないので、よく何考えてるかわからないと言われたし、多分ちゃんと自分の気持ちを伝えられてなかったから期待した返答が得られなかったところが大きいと思う。コミュ障にありがちなやつ。

ただたまに悩みあるでしょ?僕でよかったら聞くよーと、ぺろりん大先生の絵に出てくるオタクみたいな感じで物販に行くと、思っても見なかった重めの悩みを聞かされたりして戸惑いまた病んだ。


何もわからないと病むし、話を聞いても病むし、どんだけめんどくさいオタクなんだと言われたら何も反論が出来ない。


ただ、やめたいとか衣装嫌いとかステージやる気出ないと言いながらも、全くサボらないしほとんど体調不良になることも無かったのは彼女なりの意地もあったのかな。
そんならじゃあ最後まで辛いのは僕だけで良いし出来る限りのことしたら、最後は幸せになれる日が来るだろうと何を思ったか謎の決意をした。僕は我ながら図太い性格をしている。


軍団長はアイドルを応援の目線で見たことが無いと良く言っているが、僕はどちらかというと応援でしかなかったと思う。ただもちろんガチ恋だし、推し被りも相手を選んで絡むくらいの性格の悪さがあったけど。

全くアイドルに向いてないし、そもそもアイドルに近づこうともしない彼女をどう応援すれば良いのか最後まで結局わからなかったけど、卒業公演でなんとなく答えが出せたと思う。この話は書かないけど。やってきたことは正解かどうかはわからないけどまぁ間違いではなかったかな。最後はちゃんと幸せになれたし。



◾︎◾︎生誕祭◾︎◾︎

CD発売の月の定期公演でやることが決定したため、単純に死ぬほど金が減った。
福田蘭奈が1推しのオタクって本当に少なくて、、、っていうのは半分言い訳で、全部自分でやりたいから全部一人でやった。疲れただけであんまりエモさがなかったけど、楽しかった。
人を好きになって、その人のためになんかよくわからないくらい頑張ってるのウケるなって自分で自分を笑った。


いつかTwitter濱野智史が炎上してた時に、蘭奈がキレてツイートしたあの強さみたらなんか僕の苦労とかどうでもいいから、とにかく幸せになって欲しいと思った。


◾︎◾︎卒業公演◾︎◾︎

ちょっと遡ると11月の定期公演。
なんとなく卒業してしまう気がして現実見たくなくてギリギリまで家にいたら体調不良で一部出演になった。
これで発表を覚悟して出かけた。

案の定、卒業発表。
わかってはいたけど流石に辛かった。


卒業発表されてから、卒業公演までにあったイベント日数が2日っていうありえない状況の中、とにかく準備を急いだ。

卒業もまた全部一人でやってやろうかなって思ったけど、流石にそれはダメだと思って何人かに協力してもらった。
特にTシャツは、短時間でしかも新婚旅行中にお願いしてデザインしてもらって、さらに出来上がったデザインに文句言いまくるっていうマジで一時の感情だけで子供みたいなケンカしそうになったけど、誰とは言わんが止めてくれて本当に感謝している。

Tシャツデザインかなりメンバーからは好評だったし、本当に良かった。
やっぱ一人よりも何人かで意見出したら良いものが生まれる。疲れるけどね。その疲れは惜しんではいけないと思う。

スタンドフラワーは、頼もうとしていた店が予約埋まってたりしてマジで焦ったけど、なんとかなった。要望もほぼイメージ通り。


前日まで、当日の公演中にやること何にも考えてなかったし、アルバム完成したの当日の朝3時だし、卒業証書は前日思いついて忘年会中に用紙買いに行ったし、バラの花束は開演1時間前に前日に用意したブーケじゃ物足りねえって思ってスカイツリーに買いに行ったし、後悔したくなかったから、やりたいこと全てやらせてもらった。


そんなこんなで公演中はバタバタしてて泣く暇とか全くなかったけど、本人も楽しく終われたんじゃないかなって思う。
その代わり最後の物販で死ぬほど泣いた。でも蘭奈は泣かなかった。
会った当時は蘭奈の方がすぐ泣いてて、なんか心配で通ってたのに、いつのまにかめっちゃ強くなってて、自分の意見も言えるようになったし、立場が逆転してしまった。アラサーなのに17歳の女の子の前で号泣してたのまぁまぁカッコ悪い。尚更かんなはカッコ良かったな。


10年桜
この僕のオタク人生が始まった曲で、オタク人生を終えることとなったのが本当にエモい。

僕の中の福田蘭奈はここで一旦成長を止めてしまうかもしれないけれど、
福田蘭奈は僕の外の世界でもっともっと立派に成長していくでしょう。
10年後にまた会いたい人ランキング第1位です。

なんだかんだ彼女やグループに学んだことがたくさんあった濃い1年半の出来事でした。

物販最後の彼女はこれまでで一番美人だった。最後に最高の笑顔を見せてくれてありがとうございました。


蘭奈の全部が好きだ。


zo_metan